今日気が付いたこと。

 

種をまき、発芽を毎日こころ待ちにして、結果に一喜一憂することに年齢は関係ない様だ。

 

2歳の息子が先日初めてバジルの種を撒いた。小さな手にバジルの種を握りしめて、“豪快”に撒いていく。

 

これまでにも、苗を植えつけたり、花を植えたりしたことは何度かあったのだけど、今回はこれまでとはワクワク感がまるで違うように感じた。側を通るたびに、“ここに撒いたねぇ!”としゃがみこんで、小さな緑を必死に探している。見つかると、“あるね!あったね!ほら!ほら!”と大喜び。

 

同様に90歳の祖父もあたりまえの日常として、野菜の種をまく。

これまでに数百回は繰り返しているはずだけど、2歳の息子同様に、種蒔き後は毎日周辺をうろうろしている。数日後に芽がでると、ニコニコしながら報告をしてくるし、時には深刻そうに芽がでないことを嘆いている。

 

僕自身を振り返ってみた時も、何かしらの希望を抱きながら種をまくし、何もないまっさらな土から綺麗な緑が顔をだした時には誰かにすぐに伝えたくなる様な高揚感がある。

 

あの発芽を心待ちにする気持ち、芽が出たときの高揚感は収穫体験などとはまた少し違っていて、とにかくなにか特別だ。